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2009年7月 8日 (水)

TD-1001R開発物語4 小早川隆治さんとの出会い

P1000612 2003年12月、アンフィニRX-7(FD3S)の開発主査も務められた小早川隆治さんと初めてお会いし、アメリカのカリフォルニア州にあるレーシングビート社製品の取扱いを開始します。これがきっかけでアメリカとの関係を持ち、後の2009年スターマツダ参戦にも繋がっていくこととなったのです。

5年以上、経過した今だからこそ、書ける真実があります。これからの時代を生きる若きクルマ大好きファンのために、伝える必要があると思い、登場するすべての人物と言葉に注意を払いながらも書かせていただきます。私の経験したこと、その時の判断が人生を変えた貴重な経験をできる限り書きますので、若いみなさんのこれから起こる大きな選択の際に役立てていただければ幸いです。

全ては紹介に次ぐ紹介で広がった人間関係からの展開でした。
11月に立花さんのお家を訪問させていただいて、本当にたくさんのお話を聞くことができました。「こんな方がM2、ロードスターやRX-7を創っていらしたのか!」と思うと嬉しくなり、思わず長居をしてしまいました。呼んでいただいた私は本当に幸せ者です。全てはバイクとクルマのメカニズムに関することであったり、クルマのあり方対する考え方、モノ創りへの彼のこだわりの話でした。今回の経験の中から何か形に残そうと思っていました。そんな中、彼からひとつの紹介がありました。

T:「アメリカ、カリフォルニア州にあるレーシングビート社の商品を取り扱いしてみる気はないかな?興味があれば、友人の小早川さんという人が詳細を知っているので、連絡をとってみてほしい。」とのことでした。

D:「私はレーシングビート製品のファンで、昔から自分のクルマにもいろんなパーツを装着していました。是非、お話が聞きたいです。小早川さんってもしかして・・・」

T:「そう、彼はRX-7、FD3Sの主査をやっていた小早川隆治さんだよ。今、もうマツダを退職して、東京にいるんだ。彼はねえ、紳士なんだなあ。実にいい男なんだ。誰にでも好かれていてね。是非、彼にあってみてください。」

D:「はい。わかりました。横浜に戻ったらすぐに連絡を取ってみます。」

小早川隆治さんは私に
「レーシングビートの奥社長とお友達でね。彼の会社の優れた商品を取り扱ってくれる日本のショップを是非、紹介して欲しいと頼まれてね。探していたところ立花さんの紹介があったんだよ。」とお話してくれました。そしてアメリカの魅力、スポーツカーの魅力、ロードスターの素晴らしさについて話をしてくださいました。

小早川(K):「アメリカのマツダのモータースポーツは実に盛んなんだよ!是非、出来さんも一度、見学されることをお勧めしますよ。ん!」

小早川(K):「そうそうそう、それからねぇ、スターマツダというロータリーエンジンを搭載したフォーミュラのレースがあってねえ。これが実に素晴らしいレースでねぇ、ん。これも是非是非!見に行かれた方がいいですよ。あちらのレースは華やかで活気があってねえ、おーこれは!という感じなんですよ。うーん。・・・・あ、そうそうそれからセブンストックというこれまた素晴らしいRX-7を中心としたロータリーのミーティングイベントがあるんだけどねぇ、これも是非、見に行かれた方がいいですよ!」

小早川さんは立花さんのお話どおりのとても優しい方で、なおかつスポーツカーが大好き!とても熱いスポーツカーファン、マツダファン!ロータリーファン!な方でした。この方が『RX-7の主査をされていたのか!』と思うとなんだか嬉しくなってきてしまいました。
小早川さんは生き生きと本当に楽しそうにアメリカの様子を紹介してくれました。私はただただ、想像するだけで、『素直にいつか見に行ってみたいなあ』と思いました。私はスターマツダの前身のフォーミュラマツダレースの雑誌記事を読んだことがあり、ちょうどフォーミュラトヨタクラスの感じのレースでした。きっとそのことだろうと思っていたので、私はあまり興味を持ちませんでした。まさかスターマツダが私が昔乗ったF3よりも強烈なポテンシャルを持ったカーボンモノコックシャシーにモデルチェンジしているとは夢にも思っていなかったのです。
また、このころの私は5日間の休みを取ることも難しかったので、アメリカの話は5年後には是非と思って聞いていました。

立花さんの家でレーシングビート取扱いのお話を断っていたら、小早川さんとの出会いはいつになっていて、アメリカへはいつ来ていたか分かりません。人生とは判らないものです。
Rcp02 レーシングビート製「デュアルティップサイレンサー」(現在も販売中)のマフラーを受け取り、クリスタルブルーのNB8Cデモカー(クリちゃん)に装着することになりました。

小早川さん、レーシングビート社との出会いがなければTD-1001Rの開発もアメリカのスターマツダ参戦もまた変わった形になっていたことでしょう。

出来利弘

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