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2009年7月22日 (水)

TD-1001R開発物語13 AE86、プジョー205、BEAT、R32 GT-R

TD-1001Rの開発期間は非常に短いものですが、その熟成には当然、私、出来利弘のクルマと過ごした経験が活かされていました。2000台以上の及ぶチューンドロードスターのドライブ経験はもちろん大きな力。しかし、それ以上に経験となったのは過去に所有していたセカンドカーでした。AE86(トヨタカローラレビンFR)やプジョー205GTI 1.6、ホンダ・ビート、R32スカイラインGT-Rなど多くの所有経験なくして、TDのセッティングは完成しませんでした。
あえて言うのであれば、『R32GT-Rの質感を持つロードスター、TD-1001R』みたいなものを創ることが私の中で目標となっていました。

私が目指したものは全く自分の世界の『TD-1001R』です。それでもあえて今、振り返り、所有したこのクルマ達の影響があったかどうかを振り返って考えてみました。
もし、TD-1001Rをドライブしたことが無い人にこのクルマを説明するのであれば、『プジョー205GTIのサスペンション、ハンドリングのままFRになったかのようなクルマで、良く出来たAE86のようでもあり、オシャレ。走りの質感、内外装の質感がR32 GT-Rのようで、ビートを思いだすような軽快さがあるスーパーライトウェイト、超絶レスポンスエンジンを備えるクルマ。シャープなハンドリングとクルマとの一体感は、これまでに味わったことのないもの」とうう説明になる。
このよくわからない説明を理解するには、私の車暦を振り返るしかない。結局、「人は経験して得たものの中から生み出すことしか出来ないのだと改めて思いました。」そう思うと自分にとっては良い経験をさせてもらってきたと改めて思いました。もちろん、それまでのフォーミュラによるレース経験、そのマシンとの経験も盛り込まれていることは言うまでもありません。これからももっともっと、たくさんの車とレースカーと関わることはとても重要だとこの開発で再確認しました。

私はこの開発の途中まで、スカイラインジャパン2000GTターボを所有していました。それを手放すことになったのですが、その理由は親友のR32 GT-Rのを譲りうけることになったからでした。このGT-Rは昔からまるで自分のクルマのようによく借りていて、手放す際には受け取る約束していました。
TD-1001R開発途中でやってきたこのR32GT-Rからもいろいろなことを改めて学びました。ずばり、TD-1001Rの目指した質感はこのR32GT-Rでした。実現できたかどうかはわかりませんが、そこを目指していたように思います。もちろん、成り立ちの違うクルマなので、同じにはなりません。GT-Rのパワーを始めとする魅力の数々は圧倒的です。しかし、ロードスターにはGT-Rが真似の出来ない良さがあります。それは軽量コンパクトFRとオープン。特に車両重量の差が最も大きく、エンジン重量の軽さ、前後重量バランスなどロードスターは圧倒的に優れています。シンプルなFRならではのハンドリング、2名だけの空間、オープンエアドライブは最高です。
TD-1001Rは、R32 GT-Rの持つスポーティでありながら、適度な高級感を持ったトータルチューンを施したい。トータルバランスの優れたパーツを開発していこうと決めました。この時点(TD-1001R開発物語12まで)ではまだ採用が決まっていなかった弾力性のある内装材、カットパイルのカーペット、アルカンタラ性のシートもそうです。ブッシュ交換によるシャシーのダイナミックバランス、ブリヂストン製ポテンザRE-01Rタイヤの採用、レイズ製、軽量鍛造1ピースホイールの採用もそうです。
エクステリアの凄みのバランス、エンジンフィール、トランク、ドアの開閉音に関してもこのクラスのモノを演出すると決め、ベンチマークとしたのはR32GT-Rでした。
今だから言える話ですが・・・。TD-1001Rのガンメタリック/リム切削のスペシャルカラーRAYS CE28N、あのガンメタリックはR32GT-Rの専用ボディカラー『ガングレーメタリック』そのものです。(笑)GT-Rに拘ったわけではないのですが、色調が車両コンセプトに絶妙にマッチングしていて、流用させてもらい採用しましたが、TD-1001Rの迫力を増すのに欠かせないものでした。ちょっとしたエピソードです。

名車、AE86も2年間所有し、大きな影響を受けました。素直なハンドリング、4A-Gのツインカム4バルブサウンドで夢中になって走るスポーツドライビングは大きく影響されました。また、このころのヒーローカーには2つの色があることに注目しました。レッドとガンメタ(またはシルバー)です。『スポーツカーは赤だな」「いや!俺はガンメタの渋いのがスポーツカーだと思うぜ!」熱く語るあのころの気持ちを思い出させてくれました。どちらもイメージカラーであり、人気がありました。セリカXXやスカイラインもそうでした。しかも『リヤスポイラー』『サイドステップ』『本革巻シフトノブ』『バケットシート』魅力的なパーツ用語がたくさんあったことを思いださせてくれました。こういった呼び方の出来るパーツとなるようにデザインし、最新のトレンドを取り入れようと考えました。また、「リヤゲートはブラックアウトかボディ同色かどちらが格好良いか?」も当時の話題でした。この気持ち、TD-1001Rで復活させてやるぞ!と意気込んでいました。それがカーボントランクの「カーボン地のままか?それともボディ同色塗装か?」に繋がっています。

そして、プジョー205GTI 1.6 これもどうしても所有してみたくて2年間乗りました。890kgの車重。FFとは思えないニュートラルなハンドリングと猫足!しなやかでありながらもクイックでコントロール性の良いハンドリングはいったいどんなスプリング、ダンパー、ブッシュ、ボディから来るものなのか!?「これがFRだったら、もうむちゃくちゃ楽しいだろうに!!絶対そんなクルマいつか作ってやる!」と思っていました。
1600のエンジンは1900のものよりも軽快に吹け上がり、ドラマがあり、あえてこちらを選んでいました。やはり1600が好きなのでしょうか。一般の人が乗れる限界くらいに軽いフライホイールとレスポンス。でもそれを苦痛に感じない程度に上手く調教してあること、「もっと運転が上手くなりたい!乗りこなしたい!」と思わせるチャレンジング精神を掻き立てる何かがこのクルマにはあり、適度な高級感もあり、所有している満足度の持たせ方、『粋なクルマを持っているんだ!』と思わせる演出が素晴らしかった。『全開にした時の爽快感、猫足でありながらシャープな操縦性、その所有感覚』など、このクルマを長期間乗り続けてわかったものが、『TD-1001R』には活かされています。

ホンダビートも約2年、所有。本当に小さなスポーツカー。裏路地を全開で駆け抜けてもなかなか危険なスピードにはならない。それでも楽しい。ロードスターですら重いと感じさせる車体の軽さ、エンジンの軽さは凄かった。前後のタイヤサイズを同じにしたり、いろいろ変えてテストしました。スプリングをいろいろ変えたり、車高変えたりすると凄くニュートラルステアになって本当に楽しい。「なんでこのセットで売らないのだろう!?」って楽しんでいたら、雨の日、危うくクラッシュしそうになるほどの凄いオーバーステアが!フルカウンターで切り抜け、「なるほど、これではアンダーセットしなきゃまずいよな。」と妙に納得しました。しかし、アクセル全開でどこまでも回っていくホンダエンジンは素直で魅力的でした。「この感覚!全開全開!!クォーン!!」がロードスターに欲しいいなあ。そしてこのフロントの信じられないほどの軽さもイイ。そして意外にもその直進性がよく、質感の高さを出していたこと。そしてリッター16km/リッターと異常に良い燃費もありがたかった。これならいつでも気にせず、全開できると!これらの経験も貴重な財産。TD-1001Rもいつでも全開、オーバーハングの徹底軽量化、低重心化、しっかりとした直進性、リッター14km/リッターの燃費の良さなどこのビートの経験、影響によって備わった性能も少なくない。

ホンダプレリュード2.0Si(BA-1)は手抜きのないクルマでした。1.8のXXに対して、初めてDOHCエンジンを積み、ホンダ初、200万円を超える高級車となるための意気込みを感じました。エンジンのチューニング、専用ギヤ比を設定したマニュアルミッション、専用のサスペンションも設定していました。エンジンは最低地上高ギリギリでオイルパンがあり・・・。エンジンフードにもパワーバルジが!ボンネット、前後バンパーだけでなく、テールレンズも違い、シートもモケット、メーター周りやダッシュも違うなど凝りに凝ったスペシャルさでした。『ここまでやってくれれば納得』と思ったことを記憶していました。決して高級ではないけど『良い物を作りたい』という開発者の意思が伝わってきました。

特に上記のクルマたちの影響は大きかったと思います。こうして書いてみると私も随分長い時間クルマ大好きで研究していたようです。でも結局『日本のクルマ』が好きなんですね。日本車の『日本の真面目な技術者たちが頑張って作ったぞ!』みたいなのが好きなのだと思います。そんな古き佳き、80年代の日本車のテイストをTD-1001Rにも感じていただけたのなら、それはとても嬉しいことであり、私の入れ込んだテイストだと思います。
立花さんはさらに多く、世界中の車を知っていますからさらに凄いでしょう。彼の経験が注入されたデザインの完成度は、それこそ凄い。60年代の世界の名車のテイストを感じていただけるのなら、それは立花さんの経験から来た彼らの年代にしか出せない味わいです。

その他、私も所有したクルマだけでももう書いたらキリがないのですので、またの機会にご紹介したいと思います。さらに所有することはなかった車でも今回のTD開発にあたって、影響を受けたクルマは数知れずです。マツダはSA22Cから始まるRX-7シリーズやコスモスポーツ、ホンダNSX、インテグラタイプR、トヨタMR2、セリカXX・・・。60年代のヨーロッパ車、『イギリス車の良さ』をデザインテイストに加えてくれた立花さんに対して、私は80年代を中心とした『日本車の良さ』を走りとデザイン、企画に取り入れるという手法をとりました。そして、2004年最先端の考えと斬新さ、テクノロジーをプラスして仕上げていったのが『TD-1001R』なのです。

出来利弘

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