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2009年7月21日 (火)

TD-1001R開発物語12 5年間のパーツ供給の決意

TD-1001Rを新車で販売し、展開することだけは決めていました。『新車』を購入してもらうお客様に安心してもらうために出来る限りのことをしようと考えました。それは公言しないまでも『5年間のパーツ供給』を行い続ける決意でした。そうすることでチューニングコンプリートカーに新しい価値観が生まれる。そのために何をすれば良いかを考えました。2009年9月が終わると5年が経ちます。

まもなく目標達成です。そして、さらに増資し、体制を強化することを考え、ショップ運営を受け持つ会社部門を2004年3月12日に『株式会社ディーテクニック』へと組織変更を行いました(以前は「有限会社ディーテクニック」)。

さあ、いよいよ立花さんに発売してほしかった『理想のスポーツカー』とディーテクニックの出来が煮詰めた『究極のNB6Cセッティング』がひとつになる瞬間が近づきます。いつしかそれは『TD-1001R』となり、発売されることとなります。しかし、こういった話はすぐになくなることが多い。まだ誰にも言えない。なぜならば、クリアしなくてはならない問題が山積みだったからです。

TD-1001Rは目標の運動性能は実現できる自信がありました。それは今まで数多くのロードスターをセッティングし、レースでも優勝してきた実績からくる自信でした。しかし、自分でコントロール出来ないものがあります。

その1つに、『新車の車検をパス出来ないかもしれない』という恐れがありました。
改造範囲があまりに広く、車両重量の変更や触媒の変更などもあります。ヘッドライト、バンパー、車高の変更もシビアです。運輸省、陸運支局へ何度も相談に行き、基準をクリアする方法を見付け出さなくてはなりません。

2つめに『立花さんが「や~めた」と言い出されるかもしれません』これもやばいです。誰かが彼に、「そんな無茶な企画!関わらない方がいい」といったようなことを言えば、それもそうかもと考え、いきなりなくなるかもしれません。なぜなら、この企画は私の考えが見えない人には本当に『かなりのギャンブル』に見えるであろうからです。

そして最後、3つめは、『資金の調達をどうするか?』です。実はこれが一番大きいかもしれません。このプロジュクトは普通に計算するとなんと1億円は資金が必要です(ガーン!)。もうとんでもない規模であり、これを設立3年目になるロードスターショップのやること自体かなり無謀でしょう。どうやってこの難関をクリアするかが、私の課題となりました。このような状態だったので、みなさんにこのプロジェクトが立ち上がったことをお伝えすることが出来なかったのです。そう、最初のうちは社員にも言えませんでした。だって、聞いたら心配になってしまいます。私は1人で仕事の合間を縫っては法規を調べ、資金調達の方法を考えます。同時に徹底した効率化、コストと性能のバランスの取り方を考え、斬新なアイデアを随所に盛り込んでいきました。

コンプリートカー発売後、5年後もパーツを供給し続けるのは大変なことです。パーツメーカー、そして商品は5年後も供給可能と思われるものを選定し、特注でTDオリジナル品を製作供給してもらえる契約を交わさなくてはなりません。そのパーツのストックもある程度必要。5年間少しずつでも注文し続けることも必要です。これに対しては50台の限定生産車を生産、そのオーナー達のステータス性を保つため、1年間、TDパーツを販売しないこととしました。その後、TDパーツの単体での販売を行うことで残り50台分を計算に入れ、合計100台分のパーツを生産することを前提として、採算性評価表を作成、企画を進めました。
TD-1001Rオーナーはもちろん、自分だけのTDであってほしいのですが、それだけでは未来に万一、TDオーナーが事故に合い、修理する時にパーツが出なくなってしまうかもしれない。また、TDオーナーが事故や修理したときだけにしかパーツが動かないとそれも問題。それだけのために型を保持し、間違いなく5年後も供給するには非常に大きなコストがかかる。何年かして、「あのリヤバンパーを欲しい・・・」となっても工場からは、「え、注文ないからもう型を捨てちゃったよ。」とは言われる可能性もあるし、そこまででなくともスムーズな供給は難しくなる可能性があります。パーツ単体の需要と供給のバランスが適度に推移することで、いつも安定して補修部品が供給出来、TDオーナーに安心してサーキット走行などスポーツ走行を楽しんでもらえるのです。この『アフターでもTDパーツを販売する』という決断によって、TD-1001Rは大きな信頼性を手に入れるのです。
しかしその一方、『コンプリートカー発売後、1年間はTDパーツを単体販売しない!』というこの決断もまたTDオーナーの気持ちに配慮した結果ではあるもののかなり、勇気と体力のいるものでした。しかし、いつかこの私達の想いを解ってくれる人がいると信じていました。そういった人こそ、『本物のディーテクニックのファン』になってくれる人だし、友達になれるのだと。「このクルマは『クルマが大好きな人に送るメッセージカー』じゃないか!伝説を創るんだろ!」と自分に言い聞かせ、元気ずけ、さらに企画を進行させて行きました。

出来利弘

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