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2009年7月 6日 (月)

MPS研究、 幻のNB ロードスターMPSを追って3 

Mps_cubman_2002autosalon Mazda Roadster MPS Clubman
2002年東京オートサロンに出品されたロードスターMPSクラブマン 
サンライトシルバーメタリック

まるでパーティレース車のような雰囲気となったMPS。

あ、ゼッケン12番。加藤彰彬選手の番号だ!

Mps_clubman_rear 2001年のベロシティレッドマイカのモデルに比較して、市販を前提としていると思われる改良箇所が見受けられます。ホイールはガンメタリックの6スポークとなった。5穴は改められ4穴となり、ビックキャリパーも姿を消しました。ハードトップもなくなり、幌とシンプルな4点式ロールバーとなった。シートはマツダスピード製、シフトノブなどもそうなっていました。
ボディカラーも地味、なぜかNB1のテールライトも気になった。そしてエンジンもS-VTでなくなり、185PSとなってました。

1015s1 一番はコストの問題だったのでしょうか。それともメンテナンスの問題だったのか、なんらかの事情からロードスターMPSは市販されることなく、私たちの前から姿を消しました。M2の復活、マツダスピードの元気な活動を夢見た私たちは、とても残念な気持ちでした。しかし、この後、RX-8のマツダスピードバージョンの大成功など、数々の明るい話題が待っていることをまだ私たちは知りませんでした。また「ロードスターターボ」が172PSのパワーと共に市販され、新たなロードスターの世界を見せてくれました。そして、このMPSに見たスペック、パフォーマンスの多くは次期NC型の基本性能が上回って見せてくれました。きっとNCのデビューが早まったこともMPSを市販しなかった原因かもしれません。そしてもうひとつ、この年、立花啓毅さんがマツダを退職されました。このMPSは最後のやりがいのある企画として力を入れていたに違いありません。志なかばで現場を去られたのではないかと気にかける2003年の私でした。2度ほどご挨拶しただけの中だった立花さんですが、いつかまた元気な立花さんの活躍する姿を見てみたい。素直にそんなことを思っていました。まさかその後にTD-1001Rを一緒に創ることになるとは夢にも思いませんでした。


出来利弘

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