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2009年1月16日 (金)

Star Mazda参戦への道3  スターマツダ初観戦

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初めてのアメリカひとり旅。
ここから全てが始まる。

この5月の後、6月、8月、9月と4回連続の渡米となる。
それぞれの話はまたということでその4回の行動を簡単にまとめる。

P1000110 5月は10日間、2回目のアメリカは自分で1番安いレンタカーを借り、行動を開始。Newport Beachで夕日の写真を撮る。マツダUSAやレーシングビート社レイズUSAなど会社を訪問した。週末にはSolt Lake CityのMiller MotorsportsサーキットでALMSアメリカンルマンを見学。

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6月は12日間、3回目のアメリカ。RCOJ水落正典さんから「英会話の先生についてもらい勉強した方がいいぞ」とのアドバイスを受けたこともあり、小早川さんにジムというアメリカ人の英語の先生を紹介してもらう。毎朝英会話を習うことになったのだが、ジムの家族はとても明るくて優しく、いきなり仲良くなってしまった。9月は、このジムの友人ベスさんという人の家にホームステイすることとなる。週末にはロングビーチで行われるスポーツコンパクトのチューニングカーショーを見学。文化の違いが面白い。
P1000166 8月15日間、4回目はやっと仕事とのスケジュールが合い、念願のスターマツダ、カナダ2連戦を見学。カナダモントリオールのTrois Riveres市街地コースで初めて観戦となった。コーナリングスピードが非常に速く、動きがクイック。その走りのポテンシャルに驚かされる。フォーミュラアトランティックと見比べてもそれほど見劣りしないほどだ。
このサーキットでたまたま出会った日系2世の人とと親しくなった。実は偶然、私と共通の友人がいることがわかり、意気投合したのだ。「スターマツダは良いレース。テレビもあるし、スポンサーも着くはずだから、是非出て欲しい」という。しかし、持ち出しの資金も必要であり、「まずは視察で参戦はまだ先、あまり期待しないでほしい。」と答えた。翌週、カナダのトロント近く、Mosportのサーキットも見学。チームや関係者など多くの人に聞いてみた結果、実際に参戦にかかる費用、規模は非常に大きく、スポンサーなしでは厳しいことを思い知らされた。とにかく全米を回るにはその移動費用だけでもとても大きい。スターマツダのチーム構成はどこもだいたい同じだが、チームオーナー、マネージャー、マーケティングマネージャー、エンジニア、ドライビングコーチ、メカニック、そしてドライバーと1カーでも7名以上の構成となっている。もちろん2台、3台の体制になれば、兼任によるコストダウンはできると思うが、レースウィークはテストを含めて約5日間あり、いずれにしてもこの7名から10名の移動費、宿泊費、食事代、そして日当だけでも大変な金額となる。また、マシンは陸送で大型のトランスポーターが何日もかけて運ぶ。このガソリン代、トランスポート代金も実費でかかるぶんだけでも大変。東海岸、西海岸、カナダなどあちこち、それもかなり行って帰ってがある。これはどう考えても費用がかかる。しかし、全米、カナダでほとんど一般家庭でも入っているSpeedチャンネルでスターマツダのレースはノーカットで放送されているのだ!これはとても大きく、実際スターマツダレースの知名度は想像以上にある。スポンサー効果も大きいということだ。これは悩ましい。アメリカに滞在し、スポンサー活動をすれば、乗れる可能性も高いだろう。しかし、その時間、ただアメリカにいるわけにもいかない。自分の給料の分を稼がなくてはいけない。ビジネスをするのか?それには何が必要なのか?上り調子の日本のディーテクニックをどうするのか?滞在可能な時間は短く、どんどん過ぎていく。帰る私に「諦めないで、スターマツダに出てください!チャンスはある。スポンサーにお願いしますしてきてください。」とみんなから、励ましの言葉をもらうが、私は参戦への方法を見つけられぬまま、旅を終えることとなる。
今回の旅はカナダの親戚の家に父と宿泊しての観戦だった。時間を作り、父と「ナイアガラの滝」を見学した。写真と実際は大きく違い、自然が持つスケールの大きさに感激した。専門知識もない私がコメントするのは差し控えたいと思うが、まだ訪れたことのない人は是非、行かれることをお勧めする。P1000206

「もうここまでか・・・。アメリカにはレース参戦の可能性があるかもしれないと思ったが、突き詰めれば日本と変わらず、道が開かれることはないのか。もうこれ以上、日本を空けるわけにも行かないし、これで終わりでもう来ることはないのか。」そんなことを思いながら、ナイアガラの滝を見て歩いた。今回は「親孝行も兼ねての旅」。そう自分に言い聞かせ、父との時間を大切にした。リラックスすることも大事!と旅を楽しんだ。そして、ロサンゼルスに向かう。
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直接戻ることも出来たかもしれないが、お世話になったみんなに挨拶をしたかったこと。なにかビジネスをして、アメリカで可能性を残す方法がないかを模索するための立ち寄りだった。父に私が住んで頑張ってみたいと思った街を見せたいとの思いもあった。ロサンゼルスから1号でニューポートビーチ、ラグナビーチ、そして後にホームステイすることになるSanClementeの街を見て歩いた。「こんな海がきれいで素敵なところに住めるといいなあ。」そんな話をしていた。ジムにも父を紹介し、その家族と楽しい時間を過ごした。アメリカのレストランで2人分のピザと肉を頼んだら、4人でも食べられないくらい出てきて・・・。ホテルに持ち帰り、2日かけて食べたり、全て楽しい思い出。詳細はまたの機会とするがとにかく、カリフォルニアに3日だけ滞在して、最後の可能性も見つけられぬまま、日本に帰ることとなる。万一に備えて用意した。ヘルメットとスーツを持ったまま。
P1000616そしていよいよ5回目のアメリカへの旅が始まる。

レーシングドライバー 出来利弘

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